2023年2月3日
スローカロリー研究会では、年齢や活動量にみあった十分な栄養素を、なるべく身体に負担をかけないように、ゆっくり(スローに)摂取するための方法と影響の研究を推進しています。スローカロリーの手段の一つとして、「野菜から食べ始めると良い」とよく言われます。ベジタブルファースト、いわゆる「サラダファースト」です。
スローカロリー企業インタビューシリーズの第4回として、その「サラダファースト」を中心とした「サラダ文化」の働きかけを長年続けている、キユーピー株式会社の活動を紹介します。同社研究開発本部の松岡亮輔氏、千代田路子氏、営業推進部の松下晃士氏、食と健康推進プロジェクトの植村和之氏に、当研究会の宮崎滋理事長、宮下政司理事、柴崎千絵里理事がお話を伺いました。
宮崎 キユーピーという社名には私も子どもの頃から親しみがあって、長年マヨネーズの会社だと思っていたのですが、実際は幅広く事業をされているようです。当会のスローカロリーの理念にも深い関連があるようでして、今日はそのあたりのお話をうかがえることを楽しみにしています。
―最初にキユーピー株式会社の歴史や理念などをご紹介ください。
松下 いま宮崎先生のお話にありましたように、私どもはマヨネーズのメーカーとして皆さまに知られています。創始者の中島董一郎が米国でマヨネーズに出会い、それを日本にも普及させて日本人の健康や体格の向上に役立てようと、1925年に「キユーピーマヨネーズ」を発売したことが事業の始まりです。以来、「野菜をサラダで食べる」という食文化を定着させることを通じて、日本人の健康に貢献するため、これまでさまざまな商品を開発したり、メニューや食べ方の提案などを続けてきています。
サラダファーストはスローカロリー
―最近、サラダファーストでスローカロリーになるという研究結果を発表されましたが、どのような研究なのでしょうか。
松岡 2022年8月の日本食品科学工学会で発表させていただきました。
私たちのこの研究の目的は2点あり、1点目は、「野菜から食べると食後の血糖値が上昇しにくい。炭水化物の前にサラダを食べると良い」ということがこれまでにも報告されていましたので、 その効果を確認することです。そして2点目は、それでは「サラダに含まれているどの成分が働いているのか」という疑問の検討でした。 研究参加者は13名の健康な男性で、研究デザインはクロスオーバー法です。
「市販のごはん」150g、「市販の野菜サラダ」(千切りキャベツをベースとしたサラダ)175g、「野菜サラダの搾り汁」220g(市販の野菜サラダ175gをミキサーで粉砕してから濾過し、 水を加えて220gに調整したもの)を用意し、ドレッシング(キユーピー焙煎胡麻ドレッシング)30gを添加し、以下の3条件の試行を行いました。なお、各試行には7日間のウォッシュアウト期間をおき、前日から一晩絶食後に試行しています。 条件1はごはんを食べてからサラダを食べるという順序、条件2はサラダの搾り汁を摂取してからごはんを食べるという順序、条件3はサラダを食べてからごはんを食べるという順序です。
摂取開始時を0分として、食後120分まで、血糖値、インスリン値、中性脂肪値を測定し比較したところ、45分後の血糖値に、条件間の有意差が認められました。具体的には、条件3(最初にサラダを摂取)の血糖値は条件1(最初にごはんを摂取)に比べて有意に低値でした。
では、サラダの搾り汁を先に摂取した場合はどうかというと、研究前にはあまり食後血糖への影響はないのではないかと予想していたのですが、結果は条件3ほどではないものの、条件1(最初にごはんを摂取)よりも血糖値は低値に抑制されていました。この理由は明らかではありませんが、水溶性食物繊維の影響や、サラダ以外の添加物の作用も影響を及ぼしていたのではないかと考えています。なお、インスリンや中性脂肪には条件間の有意差はありませんでした。
宮下 血糖値にはきれいに差が生じている一方で、インスリン値は有意差が出ていませんね。そのメカニズムという点はこの研究の目的の範囲を超えたことだと思うのですが、何かお考えはございますか?
松岡 確かにインスリンに有意差はなかったのですが、値としては、サラダから食べたほうが低値を示しました。メカニズムについては今後の検討課題と考えています。また、サラダファーストで急激な血糖値上昇を抑えた点については、食物繊維による吸収遅延、あるいは添加したドレッシングの影響に加えて、噛んで食べることの影響もあるのではないかと考えています。
噛むこともスローカロリーになる
宮下 私ども早稲田大学の研究グループもキユーピーさんと共同し、咀嚼の有用性を検討いたしまして、昨年の日本咀嚼学会で発表しました。その研究では、しっかり噛むことでインクレチンならびにインスリンの分泌が亢進することが確認されました。少し紹介させていただきます。
対象は19名の健康な成人男性です。研究デザインはクロスオーバー法です。「咀嚼条件」では千切りキャベツとゼリー飲料(噛まずに摂取でき血糖を上昇させる食品)を摂取してもらい、「非咀嚼条件」ではキャベツの粉砕物とゼリー飲料を摂取してもらいました。摂取開始時を0分として、食後180分まで、血糖値、インスリン値、およびインクレチンのGIPとGLP-1を測定しました。なお、GIPやGLP-1というインクレチンは、血糖値の上昇に依存してインスリン分泌を刺激する消化管ホルモンです。
検討の結果、血糖値には条件間の有意差が認められない一方、インスリンやGIP、GLP-1はいずれも、「咀嚼条件」のほうが有意に高値で推移するというデータが示されました。これにより、しっかり噛むことでインクレチンとインスリンがしっかり分泌されることがわかりました。
血糖値に有意差が認められなかったことの背景としては、研究対象が若年の健康な人であり、もともと耐糖能が正常であったことの影響があるかもしれません。もう少し高齢で糖代謝異常の人を含めて検討すれば、血糖値にも有意差が生じていた可能性があるのではないかと考えています。また、今回の検討では両条件でキャベツとゼリー飲料のみを摂取してもらいましたが、これが一般的な食事のような、より多くの食材の混合食であれば、条件間の差が生じやすかった可能性もあります。
宮崎 糖尿病の診断のための経口ブドウ糖負荷試験では一般的に負荷30分後に血糖がピークになります。それに対してご紹介いただいたデータはピークが45分後にきていますので、確かにスローカロリーの効果が出ているのだろうと思いました。
一方、GIPとGLP-1およびインスリンで、それぞれの分泌のタイミングにズレがあるというのはなかなか面白いデータだと思います。GLP-1は30分で立ち上がって漸減し、インスリンはやや遅れて分泌されています。GLP-1は腸管からの分泌が主体ですので、摂取した食物の直接的な刺激というよりも、もしかしたら神経回路を通じた分泌刺激などがあるのでしょうか。なかなか解釈は難しいかもしれませんが、どのようなメカニズムを考察されていますか。
宮下 インクレチンは血糖依存性ホルモンですので、私も「もう少し遅れてくるのかな」と思っていたのですけれども、このデータを見ますとそうとは言えません。宮崎先生がおっしゃるように、神経系のメカニズムが考えられるのかもしれません。
宮崎 GIPが経時的に漸増していることも興味深い点です。メカニズムの解明はこれからだと思いますが、こういうデータをそろえていくことは大切なことだと感じました。
ドレッシングでスローカロリー
―サラダファーストや咀嚼以外では、どのようなスローカロリー戦略が考えられるのでしょうか。現在研究されていることをお聞かせください。
松岡 現在進行中の研究の内容は今後発表させていただきますが、一般的には油から食べるとか、タンパク質から食べるといったことが、食後血糖の上昇を抑制すると言われていますので、我々としてもサラダにドレッシングをかけて食べることの効果に着目しています。油、お酢、そういった食材の機能に今、着目しているところです。
また、これまでに、鶏肉を使ったパワーサラダ、卵などを盛り合わせたペイザンヌサラダなどの新しい食べ方を国内向けに提案してまいりました。そういった比較的新しいサラダの食べ方も、血糖値の上昇を抑制するという点で期待できると思っています。
宮崎 一般の方がよく誤解されていることとして、エネルギー量と糖負荷(グリセミックロード)の混同が挙げられます。例えば油物は、エネルギー量は高いけれども血糖値はあまり上がりません。その点で、サラダオイル、ドレッシングをどのように捉えるかというのは非常に重要だと思います。ドレッシングを使うことで血糖値の上昇は抑えられる、ところが使っているうちに太ってしまうということもあるのではないかと。この点をどのように考えていらっしゃいますか。
松岡 ドレッシングのエネルギー量や油については私たちも気を付けているところです。生活習慣病の予防を考えると飽和脂肪酸はあまり良くないと言われていますので、不飽和脂肪酸の多い食用植物油脂を使用しています。エネルギー量という点では、やはり油ということでグラム当たり9kcalはあるので過剰摂取は良くないものの、重要な栄養源であることから適量の摂取が大切だと思っています。
宮崎 栄養というのはどれか欠けてもいけないのですけれども、多すぎるのも良くありません。サラダの食べ方とともに、食事全体をどうするかという問題も考える必要があるかと思いました。
サラダファーストで気をつけたいこと
柴崎 忙しい中での食事は早食いになりがちで咀嚼回数も少なくなりがちです。サラダファーストはスローカロリーではあるものの、食事に時間がかかる食べ方です。 ゆっくり食事に時間をかけられる方の多くはリタイア後であり、高齢の方が多くなります。ところが、高齢の方では、先にサラダを大量に食べてしまうと、それだけで満腹になり、主食や主菜を十分食べられなくなってしまうことがあります。多くの量を一度に摂取できない方は、野菜にはビタミン、ミネラル、食物繊維などの重要な栄養素が含まれていますので、適量を摂取することが大切です。
宮崎 確かに、高齢者の問題に限らず、これまでの栄養指導はかなり画一的だったかもしれません。近年になりようやく、個々の患者さんの病態や事情を勘案した指導の重要性が指摘されるようになりました。今は過渡期にあるのだと思います。
この問題に関して、食材の生産者として、どのように考えておられるのか伺ってみたいところです。創業された当時の目標が、日本人の体格の向上とのことでしたが、現在はどのように変わっておられるのでしょうか。
植村 当社が創業した100年前は、エネルギーの摂取が重視されていました。今は、生活習慣病予防が国民的な健康課題になっています。それに対して、メタボに対してはカロリーなどをコントロールした食品が必要になり、当社でもカロリーハーフのマヨネーズ、中性脂肪や高血圧に対する機能性表示のあるマヨネーズまたはドレッシングを販売しております。
一方で柴崎先生のお話をうかがい、野菜に偏り過ぎることの課題や、野菜が必要な人ほど食べる時間がないという問題にも気づかされました。確かに今は高齢者のフレイルの増加が指摘されていますし、共働きなどによって食事に十分時間をとれない人も多いと聞いています。そのような人たちに向けて、例えば食べ方の工夫なども含めて提案していく必要があるのかもしれません。
他方、日本人の一日あたりの野菜摂取量が、目標である350gに70gほど足りていない状況がここ20年以上続いています。野菜嫌いの小さいお子さんも少なくありません。企業としてはやはりこの問題に真剣に向き合い、野菜をもっと食べたくなるような働きかけをすることが必要だと感じております。
宮崎 一般消費者の方の選択を変えてもらうというアプローチは、難しいですよね。私も「食品の値札だけではなくて、裏側のカロリーとか栄養素も見てください」と患者さんに言うのですが、やはり価格第一で購入されることが多いようです。
柴崎 1食分の目安の提案があると、患者さんへの情報提供に活用しやすいと感じています。「健康日本21」に示されている1日の野菜の目標摂取量350gを満たすための具体的なメニュー、過剰ではない適量をビジュアルで伝えるなど、世代・場面に応じてどうすれば良いのかという提案が、メーカーさんからあっても良いのではないでしょうか。
植村 ありがとうございます。おっしゃるように、やはりパッと見て食べるべき量がわかるような提案を絡めた商品開発というのは、私たちも長年の課題だと思っています。たいへん参考になりました。ありがとうございます。
サラダでお客様の健康に貢献する
松下 当社は現在、「サラダから食べよう! サラダファースト」という活動を計画しています。量販店の店頭やレストラン、居酒屋などの賛同いただける店舗にサラダメニューを提案いたしまして、みなさまに健康になっていただこうということを2023年の春、2~3月あたりにスタートする予定です。このキャンペーンに限らず、もう少し活動を広げながら、先ほどの血糖値の急激な上昇が抑えられるといった情報の提供なども進めていきたいと考えています。
千代田 本日はお時間をいただきありがとうございました。宮下先生と共同研究をさせていただいたご縁で宮崎先生や柴崎先生のご意見を伺うことが出来、たいへんありがたく感じております。スローカロリーという考え方と、キユーピーグループのサラダファーストというコンセプトは、非常に近しい考え方だと改めて感じました。
今日のお話は「食のパーソナル化」という点がポイントだったように思います。やはり、お一人お一人に寄り添えるような商品を、もっと研究していかなければならないですし、食べる順序や咀嚼の影響なども我々は研究していかなければならないと、改めて学ばせていただきました。ありがとうございました。
(本インタビューは2022年12月にオンラインで行われました)